Guarneri Trial 6
解析は、クレモナのバイオリン博物館との共同実験として行っており、
*クレモナの博物館で行われた最初の共同解析が、日本人の私だということに、
クレモナの将来を案じているのだが。。。。
オイルニスの場合、塗りたてはA0モードのデシベルが低く出る傾向が示されているので、
期待したい所である。
ある程度の目論見が成功しているではないかと期待している。
データの側面だけを見ると、今回の挑戦は一定の成功を得たように思う。
今までとは全く違うアプローチを重ねていったので、
今までの経験や直感に相反する過程も多々あったが、
狙った通りの数値がある程度出たことによって、今までの考え方を修正することにもなった。
そのことが、今回の一番の成果だと思う。
さて、こういった解析技術が発展していく状況において、
ここで改めて問われるのが、
こういったデータと職人はどう向き合うべきであろうか、
ということだ。
一次元的データを見て、全てを読み取ろうとする、
「還元主義・機能主義」に陥ってしまうのが、
この業界で最新技術を取り入れることにおいて一番危険なことだ。
しかし、1980年代からの解析の発展を注意深く読み解きながら、
実践を重ねていった後に最新の技術を取り入れると、
得られたデータから、楽器がどういう因果でどのような状態で振動しているのかが、
複数パターン、想定できるようになる。
その中でどれを選び取り、どう活かしていくかは、やはり「経験と勘」になってくる。
因果を木の性格に求めるのか、与えた形状のどこを見るのか。
そこに現代バイオリン製作の揺らぎと、
予想もしない結果が生まれてくる余地があるのではないか。
決して、「神秘主義」に陥っては、2000年代のバイオリン製作は成り立たないと感じる。
しかし「還元主義」のようにデータだけを過信してもいけない。
「ホーリズム」という考え方がある。
全体は部分や要素から演繹することのできない、部分の集合を超えた実体であるととらえる。
アリストテレスの「全体とは細部の総和以上のなにかである」という考え方に起源を持ち、
複雑系を扱う学問では必ず議論される捉え方だ。
計算しきれない細部の相乗効果を無視しても、必要以上に崇めてもいけない。
客観的で「神秘主義」とは決別した「ホーリズム」の立場をとるのが、 望ましいように思う。
沢山の事を、過去から突きつけてきた。
そして、まだまだその渦中にいるが、
確かに、ニーチェが予言したような「豊饒」をもたらしてくれている。