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 先日、クレモナにストラディバリのチェロが2台、コンサートのためにやってきた。
「De Kermadec-Blass 1698」と「Bonamy Dobree-Suggia 1717」だ。
そして、プロの製作家だけが集められ、この2台に直接触れ、計測しながら意見交換し、その後コンサートホールに移動し、保有しているチェリストによる弾き比べコンサートが行われた。
チェロを製作する製作家にとっては、なんとも贅沢な一日であった。
この2台について、色々と所感を書き綴ってみたいと思う。

 銘器には名前がつけられている。特に数少ないストラディバリのチェロには、その殆どに名前がつけられている。そして名前はその楽器の来歴を表しているので、楽器を理解する一助となる。ということで資料を当たってみた。

 「Bonamy Dobree-Suggia 1717」
名前の前半部分、BonamyDobreeとは、1900年代初頭にイギリスで著名だった文学者・オックスフォード大学教授の名前である。彼自身はチェロを弾くわけではなく、この楽器をチェリストに貸し出していたようである。その後、経緯は不明だが、パリで【GrandeDama貴婦人】と呼ばれていた、ポルトガル出身で、恐らく音楽史上最初の女性チェリストと言われるGuilhermina Suggiaの手に渡った。彼女はその美貌から社交界でもてはやされたようで、このチェロはパリの社交界で鳴り響いていたようである。しかし、もっとも興味深いのは、彼女が長年パブロ・カザルスの愛人であったことだろう。もしかしたら、この楽器はパブロ・カザルスが一時所有していたストラディバリ「Romberg1709」や、生涯愛用したゴフリラー「Pablo1733」と一緒に奏でられていたのかもしれない。
 

Guilhermina Suggia



 「De Kermadec-Blass 1698」
De Kermadeはブルターニュ地方の名家の名で、1世紀にわたりこの楽器を所有していたようだ。
問題はBlassである。この名前は、チェリストや音楽家の名前ではない。なんと犬種の名前なのである。グレータースイスマウンテンドッグと呼ばれる犬種をスイス語で「Blass」と呼ぶ。
最後の所有者であったチェリストRudolf Habisreutingerが、この楽器はあまりに自分に忠実で最高のパートナーであったため、スイス人にとって忠実の象徴であったこの犬の名前をつけたのである。数あるストラディバリの中でも犬の名前がついているのはこの楽器だけであろう。因みに、他に動物の名前がついたストラディバリと言えば、「星の王子さま」の作者サンテグジュペリが、自身が愛用していたストラディバリのバイオリンに、「ファイヤーバード」と名前をつけている。このバイオリン「ファイヤーバード1718」はバイオリニストのサルバトーレ・アッカルドが奥さんへプレゼントし、現在でもアッカルド本人も演奏に使用している。

Greater Swiss Mountain Dog




 さて、この2台。ワークショップでは直接手に持ち、細部まで計測し、膨らみやニスの質感まで、つぶさに観察することが出来た。
現在、ストラディバリのチェロは63台が確認されている。世界中に散らばっており、その貴重さから博物館に入っているのも数多くあり、現役でソリストが使っているストラディバリのチェロを2台同時に見比べる事ができるのは、めったに無い事である。
約一時間ほどだったが、あっという間にその時は過ぎ去っていた。

                                                           Photo from Museo del Violino


肖像権の関係で、私個人で撮影したチェロの写真は掲載することが出来ないのが残念である。以下、それぞれの特徴を叙述してみる。

 「Dobree-Suggia」はストラディバリがチェロを小型化する前のチェロだが、同時期に作られた楽器とは、アウトラインや膨らみが大きく違う。同時期のチェロと同じように長さを縮められたとは思えない、小ぶりで整った横幅、それに対して裏板・表板の膨らみは、ストラディバリのチェロらしからぬ、急な立ち上がりと高い頂点。パンパンに膨らんでいるのである。
表板の木目は激しく隆起し、珍しいダークブラウンのニスと相まって、荘厳な雰囲気をたたえていた。
スクロールは繊細で精密、特にスクロルール高さが完璧に均等に高くなっていく様は見惚れるほどであった。(誤解してならないのは、時代性を考慮しての精密さと美しさであること。)
裏板は珍しくポプラ材で、1900年代初頭にこのチェロを手に入れたヒル商会は、ストラディバリの兄弟子で、ポプラ材を多用したフランチェスコ・ルジェーリの影響が有るのではないかと書き残しているが、ポプラ材という木の選択だけでなく、造形や膨らみも多少の影響が有るのではと考えると、ストラディバリの同時代のチェロとの違いも納得がいく。

 一方「Blass」はストラディバリが、後のチェロのスタンダートとなったBモデルを発明して以降の作で、このチェロもBモデルに分類される。膨らみは、この同時期のチェロ同様、立ち上がりは緩やかで頂点の高さもとても低い。現代のチェロに比べると、とてもフラットな膨らみだといえる。
ニスはとても透明度の高いオレンジ。 表板の木目は隆起することなく綺麗に慣らされていて、ツルッと滑らかだ。
スクロールは、かなり小ぶりで作りは雑で野暮ったい。時期としては既に息子二人が手伝い始めている時期で弟子も抱えていたので、ストラディバリ自身の手ではない可能性も高い。

 楽器を穴が空くほど見続けた後は、所有しているチェリスト二人による、弾き比べコンサート。
どちらも素晴らしい音だったが、音のあまりの違いに驚いた。
あくまで主観だが、「Blass」は真っ直ぐに音が飛んでいて、伸びやか。音量も十分。強いて言えば、高音が少し尖った音質なくらいか。一方、「Suggia」は広がっていく豊かな音質で包まれるような感覚であった。強いて言えば音量が物足りない感じではあった。
弾き比べでは、バッハの無伴奏とポッパーを弾いていたが、相性としてはバッハは「Suggia」の方が、現代曲は「Blass」の方があっている印象であった。

弾き比べの様子がこちら。残念ながら、録音では現場で感じた違いは全く無いが、雰囲気だけでも伝わればと。



本当に沢山の事を学んだ一日であった。
さて、次はブラザーアマティのビオラ2台のイベントが控えている。
これだから、クレモナを離れられないのである。