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  完成した「ビュータン」モデルのバイオリンを測定。今回は、集音マイクを用いる一般的なモーダルアナライズではなく、加速度センサーを駒に付け、複数の特殊なデータ処理によって最終的なグラフにしていく、スタンフォード大学で行われた方法を採用した。解析は、クレモナのバイオリン博物館との共同実験として行っており、近いうちに公式なレポートとして公表されるはずである。  *クレモナの博物館で行われた最初の共同解析が、日本人の私だということに、クレモナの将来を案じているのだが。。。。 参考文献 *Scavone ,Smith,Maestre  Degital modeling of brige driving-point admittances from measurements on violin-family instrument 2013「ビュータン」モデル測定結果「オリジナルのビュータン」計測結果今回の計測結果と、本物の「ビュータン」の計測結果を比較すると、 (グラフの縮小率が違うこと、縦軸のデシベルが一方はマグニチュードから、もう一方はパスカルからの対数変換なので、掲載画像では比べにくいのだが。) A0,CBR, B1-, B1+, C4の全てにおいて、周波数では近い数値を示し、B1-とB1+のデシベルの関係も良く似た数値を再現することが出来た。A0モードのデシベルが低く出てしまったのだが、2010年A.Kurpa Stoppani の実験において、オイルニスの場合、塗りたてはA0モードのデシベルが低く出る傾向が示されているので、経年変化と共に、この楽器のA0モードのデシベルがどこまで上がっていくか、期待したい所である。 C4モードもオリジナル同様、B1+モードの波形が下がりきる前に顔を出していて、同じ発現の仕方をしている所を見ると、ある程度の目論見が成功しているではないかと期待している。ただ、デシベルが期待したよりも低いため、まだまだ試行錯誤していく必要がある。データの側面だけを見ると、今回の挑戦は一定の成功を得たように思う。今までとは全く違うアプローチを重ねていったので、今までの経験や直感に相反する過程も多々あったが、狙った通りの数値がある程度出たことによって、今までの考え方を修正することにもなった。そのことが、今回の一番の成果だと思う。     さて、こういった解析技術が発展していく状況において、ここで改めて問われるのが、こういったデータと職人はどう向き合うべきであろうか、ということだ。一次元的データを見て、全てを読み取ろうとする、「還元主義・機能主義」に陥ってしまうのが、この業界で最新技術を取り入れることにおいて一番危険なことだ。しかし、1980年代からの解析の発展を注意深く読み解きながら、実践を重ねていった後に最新の技術を取り入れると、得られたデータから、楽器がどういう因果でどのような状態で振動しているのかが、複数パターン、想定できるようになる。その中でどれを選び取り、どう活かしていくかは、やはり「経験と勘」になってくる。因果を木の性格に求めるのか、与えた形状のどこを見るのか。そこに現代バイオリン製作の揺らぎと、予想もしない結果が生まれてくる余地があるのではないか。決して、「神秘主義」に陥っては、2000年代のバイオリン製作は成り立たないと感じる。しかし「還元主義」のようにデータだけを過信してもいけない。「ホーリズム」という考え方がある。 全体は部分や要素から演繹することのできない、部分の集合を超えた実体であるととらえる。アリストテレスの「全体とは細部の総和以上のなにかである」という考え方に起源を持ち、  複雑系を扱う学問では必ず議論される捉え方だ。計算しきれない細部の相乗効果を無視しても、必要以上に崇めてもいけない。客観的で「神秘主義」とは決別した「ホーリズム」の立場をとるのが、 望ましいように思う。ガルネリは、その見た目、音、データにおいて、沢山の事を、過去から突きつけてきた。そして、まだまだその渦中にいるが、 確かに、ニーチェが予言したような「豊饒」をもたらしてくれている。 

 取り組んでいるガルネリ「ビュータン」には、特徴的な造形で音響効果とも関わりが深いものが幾つかある。先ずはなんといってもガルネリ最大の特徴であるボディーの小ささと、C部の長さである。長さも幅も、ストラディバリの標準的なモデル(PG、G、Pモデル)などよりも一回り小さい数値である。小さなボディーに、同じアーチを付けると、橋の原理と同じで必然的に板が硬くなり、ボディーモードの周波数を上げるとともに 、デシベルを下げる作用が働く。しかし、「ビュータン」のアーチはとても特異だ。つと裏板は、アーチの頂点が平らで、放射方向に角ができ、縦方向にはテントのように三角に突っ張っている。このアーチは、後期のガルネリがブレーシャ派から強く影響を受けていると、多くの研究家が語る時に必ず取り上げられる特徴である。 この特異なアーチは、当初コピーするつもりはなかったのだが、色々と調べていくうちに、C4モードの動きと呼応していることが解ってきた。C4モードは、アーチがなだらかなストラディバリではデシベルが低すぎて、グラフには殆ど現れないのである。 C4モードがガルネリ独特の音の性格を決めている、重要なファクターであることは確かで、恐らくこの特異なアーチが、C4モードのデシベルを押し上げているのではないかと睨み、今回採用することにした。そして、もう一つガルネリの大きな特徴は、F字孔のデザインである。上下の丸だけを決めると後はフリーハンドで切られているF字孔は、楽器ごとに形状が全く違うので、コンセプトの共通点を見つけるのは困難だが、ストラディバリと比べると、一つ大きな違いがある。それは、垂直方向に切り取っている長さである。(純粋なF字孔の長さではない)ストラディバリは全ての楽器が、70mm切り取っているのに対して、ガルネリは73mm~75mm切り取っている。5mmというのはバイオリンにとっては大きな数値。なぜそうなっているかは、ディアパソンに対しての下のコーナーの距離や、F字孔の形などなど複数の要因があるため、説明は省くが、これは無視できないものである。そして実際に、アメリカの著名職人・研究家ジグ・マントービッチ氏がF字孔と表板の動きとの関係に言及しているが、その内容と、「ビュータン」のA0モードのデシベルの異常な高さは、合致するのである。今回はF字孔の切り取る長さに関る部分をそのまま残し、細部だけを綺麗に整えた。 この後も、厚みのバランスやバスバーまで、同じコンセプトで進めていった。また、スクロールやコーナーの処理など、音とは直接関係はないがガルネリの特徴的な造形も、アイコンとして採用してみた。果たして目論見が上手くいくのか。エキサイティングな日々が続いている。

  ガルネリの造形とは一体なんであろうか。細部の木工技術は決して褒められたものではない。しかしその造形は、多くの製作家を惹きつけていることは事実だ。一体その魅力はどこにあるのか。 ストラディバリとガルネリを比べる時、その造形をこう分けられるのではないだろうか。          アポロン的なストラディバリ、デュオニソス的なガルネリ  アポロン的・デュオニソス的という分類法は、哲学者ニーチェの処女作「悲劇の誕生」に登場する。作曲家ワーグナーへの敬愛を示すために書かれたともいえる本書の中で、古代ギリシアの文化の考察を通して、この二つの分類が提示される。概要を簡素にまとめるとこうだ。アポロン的とは:理性 合理性  計画性 客観性 デュオニソス的とは:陶酔・熱狂性 感情性 刹那性この分類法は美術批評の中ではとっくに使い古されたものではあるが、楽器に対して考察されたことは、今までに無いのではなかろうか。Stradivari "Cremonese"              Guarneri del Gesu' " Viuextemps"ストラディバリの造形は、その線を少しずらしただけで全体のバランスが崩れてしまう、絶妙な緊張感の上に成り立つアウトライン、機能性と美しさの調和として立ち現れる膨らみ、完璧に対称で装飾的な F字孔。「アポロン的」の由来となった太陽神アポロンの名にふさわしい、神々しく、権威的な造形である。一方、ガルネリはどうか。荒々しく歪なアウトラインは理性によってコントロールされているというよりは、その瞬間の自己表出に支配されている造形だ。各部位から立ち上がってくる膨らみは調和を見ることなくぶつかり合い、そのエネルギーのはけ口として、放射方向に角ができている。F字孔は上下の丸の位置だけを決めると、残りは即興的にフリーハンドで切られ、対称性など無視したそのスピード感には、狂気すら漂う。いや、音の情景への狂喜と言うべきか。  まさに、「デュオニソス的」の由来となった陶酔・酩酊の神デュオニソス(バッカス)を体現するかのような造形だ。製作家が、ガルネリに惹きつけられる時、ガルネリの陶酔感・即興性から放たれる「造形したい」という欲望、増殖させたいと願う本能へと繋がるリビドー、(初期の草間弥生のような)短命に終わったその人生から立ち昇る刹那的タナトスの香り、(アントワン・ダガタの写真のような)これらのものが響き合い、製作者の本能と共鳴しているのではなかろうか。その時の高揚感は、細部の技巧の良し悪しなど忘れさせるのではないか。  *今和次郎の「造形論」の中で説かれる、物を作る人間が元来備える「造形感情」が、均質化する世界の中で抑圧された時に、ガルネリの放つ原初的な「造形感情」に共鳴し、呼び起こされているとも言える。50年代にこの分類法に結びついて、日本の建築界を二分し、弥生的か縄文的かと伝統論争が起き、そこで語られた事をも想起させる。ニーチェはニヒリズムが浸透した世界では、デュオニソス的な熱狂によって、人間本来の生命力が復活すると説く。ガルネリのデュオニソス的造形と、攻撃的とも評される低音の響きは、人間が理性で覆い隠しているものを呼び起こす、雄叫びなのかもしれない。

Guarneri del Gesu 1741Viuxtemps  今回、取り組んでいるガルネリ1741年「Viuxtemps ビュータン」は、その輝かしい経歴のほかに、もう一つこの楽器を有名にしたエピソードがある。「ビュータン」は”世界で一番高いバイオリン”と言われているのである。「ビュータン」には双子と言われているもう一台の楽器がある。1741年「Kochanski コチャンスキー」。「ビュータン」と同じ年に製作されたこの楽器は、一台一台、気まぐれに製作され、細部で共通点を見つけることが難しいガルネリにおいて、アウトラインや膨らみ、コーナーの処理が良く似ており、なにより表板が同じ樹から作られている。(F字孔は全く違うが)Guarneri del Gesu 1741 Kochanski7年ほど前、「コチャンスキー」はバイオリ奏者アーロン・ローザンドが使っていたが、それを手放すことになり、オークションに出された。ガルネリは100本ほどしか現存せず、オークションに出るのが大変稀なため、 その時の落札額が約9億円という、バイオリンとして当時の歴代最高額を記録した。 *その後、日本音楽財団がストラディバリ1721年「Lady Blunt レディーブラン」を売りに出し、約13億円の値がつき記録を更新した。これは「レディーブラン」がストラディバリがつけたオリジナルのバスバーが一緒に保管されていて、歴史的価値が高いためこの値段になった。日本音楽財団はその収益を全て東日本大震災の支援金に当てている。この落札額を聞いて「ビュータン」を所有していた人物が(恐らく現在の所有者フートン)、双子の楽器でさらに輝かしい経歴の「ビュータン」ならもっと高い値段でも買い手がつくだろうと、18億円で売りに出したのである。このニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、こうして「ビュータン」は”世界で一番高いバイオリン”だと世界中で知られることとなった。しかし、結局誰も買い手がつかず、”世界で一番高い”称号は現在お預けとなっている。この色々な意味で人々を魅了している「ビュータン」これに挑戦するに当たり、その特異なボディーモードがターゲットであることは前回述べたが、もう一つ重大な課題がある。それは、どのような外観に仕上げるかという課題である。いかんせん、そのままコピーをしては、美しくないのである。 しかし、ボディーモードの特異性は調べれば調べるほど、ガルネリ独自の造形が深く影響していることがわかってくる。そうなってくると、好きなように整えるわけには行かず、音響的効果を残しながら、モダンさを加えるという、より難しい課題が立ちはだかった。くる日もくる日も、ガルネリの大胆な造形と向き合い、少々めまいがしてきた。

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Tue ‒ Thu: 09am ‒ 07pm
Fri ‒ Mon: 09am ‒ 05pm

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781-562-9355, 781-727-6090