告知
2016年12月22日、福岡のアクロスにて、クリスマスコンサートに出演します。今年まで20年以上にわたって、シンガポールシンフォニーオーケストラのコンサートマスターを務めたアレクサンドル・スプテル氏が出演します。スプテル氏の所有である私が製作した楽器を使って演奏されます。私もナビゲーターとして出演いたします。 ほぼ完売状態ですが、なんとか数席は確保できますので、ご興味のある方はご連絡ください。
Guarneri Trial final
今回のガルネリ1741「Vieuxtemps」モデルのバイオリンを届けに、バイオリニスト森下幸路氏のもとへ。世界の第一線で活躍するバイオリニストの元で、生まれたてのこの楽器が、どのように成長していくのかを見届けられるのは、バイオリン製作家にとってこれ以上の幸運はない。 引渡し直後の試し弾き風景森下幸路 氏: ソリスト 大阪交響楽団主席ソロコンサートマスター 浜松フィルハーモニーコンサートマスター 大阪音楽大学特任教授
Guarneri Trial 6
完成した「ビュータン」モデルのバイオリンを測定。今回は、集音マイクを用いる一般的なモーダルアナライズではなく、加速度センサーを駒に付け、複数の特殊なデータ処理によって最終的なグラフにしていく、スタンフォード大学で行われた方法を採用した。解析は、クレモナのバイオリン博物館との共同実験として行っており、近いうちに公式なレポートとして公表されるはずである。 *クレモナの博物館で行われた最初の共同解析が、日本人の私だということに、クレモナの将来を案じているのだが。。。。 参考文献 *Scavone ,Smith,Maestre Degital modeling of brige driving-point admittances from measurements on violin-family instrument 2013「ビュータン」モデル測定結果「オリジナルのビュータン」計測結果今回の計測結果と、本物の「ビュータン」の計測結果を比較すると、 (グラフの縮小率が違うこと、縦軸のデシベルが一方はマグニチュードから、もう一方はパスカルからの対数変換なので、掲載画像では比べにくいのだが。) A0,CBR, B1-, B1+, C4の全てにおいて、周波数では近い数値を示し、B1-とB1+のデシベルの関係も良く似た数値を再現することが出来た。A0モードのデシベルが低く出てしまったのだが、2010年A.Kurpa Stoppani の実験において、オイルニスの場合、塗りたてはA0モードのデシベルが低く出る傾向が示されているので、経年変化と共に、この楽器のA0モードのデシベルがどこまで上がっていくか、期待したい所である。 C4モードもオリジナル同様、B1+モードの波形が下がりきる前に顔を出していて、同じ発現の仕方をしている所を見ると、ある程度の目論見が成功しているではないかと期待している。ただ、デシベルが期待したよりも低いため、まだまだ試行錯誤していく必要がある。データの側面だけを見ると、今回の挑戦は一定の成功を得たように思う。今までとは全く違うアプローチを重ねていったので、今までの経験や直感に相反する過程も多々あったが、狙った通りの数値がある程度出たことによって、今までの考え方を修正することにもなった。そのことが、今回の一番の成果だと思う。 さて、こういった解析技術が発展していく状況において、ここで改めて問われるのが、こういったデータと職人はどう向き合うべきであろうか、ということだ。一次元的データを見て、全てを読み取ろうとする、「還元主義・機能主義」に陥ってしまうのが、この業界で最新技術を取り入れることにおいて一番危険なことだ。しかし、1980年代からの解析の発展を注意深く読み解きながら、実践を重ねていった後に最新の技術を取り入れると、得られたデータから、楽器がどういう因果でどのような状態で振動しているのかが、複数パターン、想定できるようになる。その中でどれを選び取り、どう活かしていくかは、やはり「経験と勘」になってくる。因果を木の性格に求めるのか、与えた形状のどこを見るのか。そこに現代バイオリン製作の揺らぎと、予想もしない結果が生まれてくる余地があるのではないか。決して、「神秘主義」に陥っては、2000年代のバイオリン製作は成り立たないと感じる。しかし「還元主義」のようにデータだけを過信してもいけない。「ホーリズム」という考え方がある。 全体は部分や要素から演繹することのできない、部分の集合を超えた実体であるととらえる。アリストテレスの「全体とは細部の総和以上のなにかである」という考え方に起源を持ち、 複雑系を扱う学問では必ず議論される捉え方だ。計算しきれない細部の相乗効果を無視しても、必要以上に崇めてもいけない。客観的で「神秘主義」とは決別した「ホーリズム」の立場をとるのが、 望ましいように思う。ガルネリは、その見た目、音、データにおいて、沢山の事を、過去から突きつけてきた。そして、まだまだその渦中にいるが、 確かに、ニーチェが予言したような「豊饒」をもたらしてくれている。
